遠くなる街の明かりに。
ゾロはようやく一息吐いた。
「ひでっぇ雨だよな! ゾロっ。」
ペタンペタンッと音を立てて甲板を滑るように歩いてきたルフィに、
ゾロは向き直った。
先ほど、グランドラインへの進水式を済ませたところだ。
「おい、ルフィ。あぶねえから中入っとけ。」
「なんでだ? これからグランドラインなんだぞ? じっとしていられるか!」
「海に落ちたら洒落になんねえぞ。せっかく命拾いしたんだ。
ちょっとくらい大事にしとけ。」
嵐のせいで荒れている海を眺めて、ゾロは吐き捨てるように言った。
「今度は助かんねえぞ。」
「ゾロ?・・・泣いてんのか?」
泣く?
だれが?
「泣いてねえよ。バカ言ってんな。」
「ま、いいけどな。」
不意に言葉を区切って。
真剣な目で見上げてきたルフィに、ゾロは一歩後ずさった。
「油断したことは謝る。海軍のいる町で、あんな目立つところで呑気に
海賊王の見た景色、眺めてたことは謝るよ。あれは、俺が悪かった。
・・・でも。」
真剣なルフィの視線から、目を離せない。
「でも、その後のことは謝らねえ。あの時は本気でああ思ったんだ。」
耐えられなくなって、ゾロはぎゅっと目を閉じた。
ルフィの声がまだ。
耳にしがみ付いている。
『・・・俺、死んだっ。』
全てを悟りきった。
そんな男の瞳。
後悔も何もかも。
すべてを、切り離した・・・強い、視線。
「ふざ・・・けんなっ。」
思わず、思い切り、ルフィを殴り飛ばしていた。
肩で息をしながら、ルフィを睨み付ける。
衝撃で落ちた麦藁帽子を拾って被り直しながら、ルフィが口の端から
滲んだ血を親指で拭き取りながら、まっすぐにゾロを見つめてきた。
「うん、ごめんな。」
「・・・・っ。」
ずるずるとゾロは甲板にへたり込んだ。
「く・・そっ。」
ぎゅっと胸を抑える。
ミホークに斬られた時よりも。
激しい痛みが走った。
何かをもぎ取られる痛みに、気が狂うかと思った。
その存在が、いつのまに、こんなに深く浸透していたのかと。
驚愕した。
「ゾロ?」
そっと伸ばされる手に。
逃げることも忘れたまま、囚われた。
やっぱり・・・泣いているのかもしれない。
そっと押し当てられた唇に、ゾロは目を閉じた。
−完−
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